2008年10月14日
保証人 茶屋 的隋書の十志について
さてこの人物はどのような研究をしてきたのでしょうか。
隋書の最大の特徴は、この十志30巻である。それは、本紀および列伝55巻が漢書に始まる断代史の体裁をとっているのに対し、この十志が史記や南史、北史と同様の通史であるからである。すなわち、本紀および列伝の完成後に出された太宗の命は、梁・陳・北斉・北周・隋の五つの王朝に対する志の編纂であったのである。それは、とりも直さず、既に完成していた各朝の正史に志が存在しなかったことに起因しているのであるが、その一方で、北魏と宋以来、隋の統一までを一つの南北朝という時代と見る、今日の六朝という視点とは異なり、当時の視点での近現代が、南北の二極対立から、再び三極の鼎立に陥り、隋が統一を果たすという時代であったことを如実に表している。よって、この十志だけを独立して、「五代史志」と呼び習わしていた。また、ここに、断代史であって通史でもあるという正史が成立したのである。
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経籍志は、第32巻志27から第35巻志30にあたる。中国の正史に付されたものとしては、漢書「芸文志」に次ぐものであった。
律暦志には、宋斉代の祖沖之(429年 - 500年)が、円周率を3.1415927の位まで計算していたことを記しているが、これは、南斉書の本伝にも見えない貴重な記録である。ヨーロッパにおいて初めてこの桁数まで計算できたのは、16世紀のことであった。
日本に関する記述
隋書の東夷伝と呼ばれるものは、第81巻列伝46にあたる。この書の中では、当時のヤマト政権(倭と呼ばれる)や朝鮮半島にあった高句麗、新羅、百済について、隋からみた記述がなされている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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